東京高等裁判所 平成11年(行ケ)410号 判決 2000年6月13日
原告
株式会社スタックス
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
被告
特許庁長官【C】
指定代理人
【D】
同
【E】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1請求
特許庁が平成10年審判第12955号事件について平成11年10月26日にした審決を取り消す。
第2前提となる事実(争いのない事実)
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成8年10月25日、「TOURMALINE SOAP」の欧文字と「トルマリンソープ」の片仮名文字を上下二段に書してなる商標(以下「本願商標」という。)について、指定商品を商品及び役務の区分第3類の「せっけん類」として商標登録出願(平成8年商標登録願第119974号)をしたが、平成10年6月26日に拒絶査定を受けたので、同年8月17日付け手続補正書により指定商品を同第3類の「トルマリンを配合してなるせっけん」に補正するとともに、同日、拒絶査定不服の審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成10年審判第12955号事件として審理した結果、平成11年10月26日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年11月15日に原告に送達された。
2 審決の理由
別紙審決の理由の写しのとおり、
(1) 「TOURMALINE」「トルマリン」の文字を普通に用いられる方法で書してなる本願商標を指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は、単に商品の品質、原材料を表示したものと理解し、認識するにすぎず、商標法3条1項3号に該当すると認定判断し、
(2) 請求人は本願商標は同法3条2項の規定に該当すると主張し、証拠を提出しているが、本願商標は請求人のみが使用しているものではなく、請求人の商標として広く認識されているものとは認め難く、同項に該当すると認定するには十分でないと判断した。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決は、本願商標は商標法3条1項3号に該当し登録することができない旨誤って認定判断し(取消事由1)、また、同条2項に該当しない旨誤って判断したものであって(取消事由2)、違法であるから、取り消されるべきである。
1 取消事由1
(1) 「TOURMALINE」「トルマリン」の語は、「電気石」とも呼ばれる鉱物の一種ではあるが、例えば、国語辞典として有数の「広辞苑」(甲第22号証)には掲載されておらず、「一般に親しまれた語」とはいえない(なお、審決の理由中の「当審の判断」3頁1行ないし16行のその余の事実は認める。)。また、トルマリンが「微弱電流を永久に発生し続けること」等の特質があるものと一般に親しまれているともいえない。
しかも、指定商品のせっけんは、トルマリンを熟知した技術者の一部の知識人のみならず、老若男女を問わず広く一般人が用いる商品であり、その需要者は、老若男女を問わない一般人を意味するというべきである。
被告は、トルマリンをせっけん類の品質、原材料表示であるとするが、一般の需要者を基準とした場合に、石の一種が指定商品の品質表示であるとどうしていえるのか、仮に、ダイヤモンドソープとしたとき、ダイヤモンドは指定商品の原材料表示というのであろうか。
以上によれば、本願商標をして、需要者が単に商品の品質、原材料を表示したものと理解し、認識するとした審決は、事実を誤認するものというべきである。
(2) 被告提出の証拠を根拠としてトルマリンが指定商品の品質、原材料表示であるとすることはできない。すなわち、乙第1、第2号証には、トルマリンが宝石の一種と記載されているにすぎず、せっけん類の品質、原材料表示であることを窺い知る点すら記載されていない。また、乙第3、第4号証は、指定商品の需要者とは直接関係のない特殊な業界新聞にすぎず、乙第5、第6号証は、本願商標の出願日以降の特定の日におけるインターネットの情報にすぎず、かつ、それは特定の意図に基づいてアクセスしてはじめて得られる情報にすぎない。
2 取消事由2
(1) 審決は、本願商標を原告のみが使用しているといえないことを理由として商標法3条2項の適用を否定するが、同項は特定人の独占的使用を要件とするものではなく、使用によって自他商品識別力が生じれば登録適格を有する規定であり、審決は法律の解釈適用を誤っている。
本願商標は、甲第5号証ないし第21号証(枝番を含む、以下同じ。審判甲第1ないし第17号証)のとおり、原告の商標として広く認識されているものであって、審決はこの事実を誤認するものである。
なお、審決が、原告以外の第三者の「トルマリンソープ」の標章の使用の事実として指摘する「クランツ販売、本田商事」、「有限会社佐藤貿易」の各社は、甲第23、第24号証のとおり、原告が製造販売する商品を購入して販売している原告の顧客であり、「トルマリンソープ」が原告の商標であることを十分認識しており、審決はこの事実も誤認している。
(2) 被告は、甲第11号証以下の証拠の証明力について述べるが、「トルマリンソープ」の語は、それ自体から商品の品質、原材料表示とすべき特異の観念を生じないのであるから、当該商標の使用上、品質の表示等として認識するはずがなく、被告の主張は当たらない。
第4被告の反論の要点
1 取消事由1について
(1) 「TOURMALINE」「トルマリン」の語は、「宝石の一種」(「日本語大事典」講談社、乙第1号証)、「電気石」(「コンサイスカタカナ語辞典」三省堂、乙第2号証)として認識されており、特に指定商品の主たる需要者たる女性においては、10月の誕生石として親しまれている語とみることができる。
また、「美しくなりたい」、「健康になりたい」等の人間の願望に応ずるべく、化粧品、食品(特に健康食品と呼ばれているもの)の分野においては、品質、原材料等の研究、開発が行われており、各種物質が原材料としてこれら分野の各種商品に応用されている。そして、本願商標中の「TOURMALINE」「トルマリン」において同様である。
すなわち、「トルマリン」の持つ特色は、本願商標出願前より解明されており(1996年7月11日付け「健康産業流通新聞」、乙第3号証)、また、該原材料を用いた商品の開発も行われている(同年8月8日付け同紙、乙第4号証)。
さらに、近年インターネットの普及により、わが国において関心の高い美容、健康等の情報も、世界各国から一瞬に得ることができる現状にあり、審決前のインターネット(乙第5号証)によれば、「トルマリン」に関する情報も含まれており、これらにより、「トルマリン」が化粧品の原材料の一種として注目されていることが窺える。
(2) したがって、本願商標に接する取引者、需要者は、これを指定商品のせっけんの品質、原材料を表示したものと理解し、認識するにとどまるものである。
2 取消事由2について
(1) 商標法3条2項の規定は、同条1項に規定する商品の品質、原材料等を表示する標章であって本来は自他識別力がないものが使用された結果、需要者が何人かの業務にかかる商品であることを認識することができるものであることが条件となっている。すなわち、これらの標章は、商品を流通過程に置く場合に必要な表示であることから、何人も使用する必要があり、かつ、何人もその使用を欲するものであるから、一私人の独占を認めるのは妥当ではなく、また、多くの場合に既に一般的に使用され、あるいは将来必ず一般的に使用されるものと認識される標章を、使用により特別顕著性を認めようとするものである。
したがって、同法3条2項の適用にあたっては、使用の状況、使用の結果による著名性の獲得など厳格に解釈されるべきである。
(2) 原告提出の証拠をみても、甲第11、第12号証における「トルマリンソープ」の文字は、他の文字、例えば、「お肌、しっとり微笑む」、「Brush up Yourself by TOURMALINE power」等の文字と併記して使用されており、これに接する取引者、需要者は、「トルマリンソープ」の語からは、原告の商標としてよりは、商品の品質を表示したものと認識するというべきである。甲第13、第14号証における「トルマリンソープ」の文字は、「トルマリン」の持つ特色、効能を具体的に記述した文章とともに用いられており、これらの表現からみても、「トルマリンソープ」は、商品の品質を表示したものである。
また、甲第17、第18号証の各証明書は、いずれも原告の作成に係る画一的な証明書に原告とは顧客の関係にある者が署名捺印したものであり、いかなる根拠により証明されたものであるか明らかでなく、これらの証拠によっては本願商標が使用によって識別力を獲得したというべきではない。
したがって、原告提出の証拠によっては、いまだ商標法3条2項の条件を充たしているとはいえない。
(3) 原告が反論する「クランツ販売、本田商事」及び「有限会社佐藤貿易」に関するインターネット上には、原告に係る商品である旨の表示がないばかりでなく、「トルマリン」の語は、単に商品の品質を表示する語として用いられている。
加えて、同業他社である「マイハート」による「トルマリン」及び「トルマリンソープ」の標章の使用の事実も認められる(乙第6号証)。
また、乙第5号証によれば、「トルマリン」を基礎とする化粧品には、「クリーミイジェル」、「ウォッシングパック」、「ミルキーローション」、「スキンローション」、「クレンジングフォーム」等が掲載されており、原告がこれらの商品を製造、販売している事実が認められないことからすれば、本願商標をその指定商品に使用したとしても、取引者、需要者において、原告取り扱いに係る商品であることを認識することはない。
理由
1 取消事由1について
(1) 本願商標中の「TOURMALINE」「トルマリン」の語が「電気石」とも呼ばれている鉱物(宝石)の一種を表すものであること、「SOAP」「ソープ」の語が「石けん」の意味を有する英語、外来語として一般に親しまれた語であること、近時、「トルマリン」は、微弱電流を永久に発生続けること、発生するエネルギーが遠赤外線効果を有すること、その周囲にマイナスイオンであるヒドロキシルイオンが形成され続けること等の特質が証明され、これらの特質に注目し、種々の商品開発が行われていること、そして、現在開発されている商品は、マイナスイオン効果を利用した水質浄化に関する商品、寝具類、ミネラルウォーター等の飲食物等多岐に亘っていることは、当事者間に争いがない。
そして、本願商標の指定商品との関係においても、清菌・抗菌作用による肌を清潔に保つ効果、イオン吸着作用による皮膚深層部の汚れ除去効果等に着目し商品開発が行われていることについては、当事者間に争いがなく、本件証拠によると、せっけんの商品として、マイナスイオン及び遠赤外線の発生という効果を備えるトルマリンの特性を利用して、水にトルマリンを加えてミネラルイオン水としてこれを練り上げて製造したせっけんが「トルマリンソープ」と表示され、かつ、上記のようなトルマリンの特質を利用して製造した特別な効能のあるものとして原告により宣伝され販売されており(甲第8ないし第21号証、第23、第24号証)、また、トルマリンを配合して製造したせっけんが「トルマリンソープ」と表示されて、原告以外の業者「マイハート」により、「天然鉱物トルマリンを配合した石鹸です。トルマリンには細胞の活性化を促すマイナスイオン効果があり、遠赤外線を放ち、温熱効果に優れ、新陳代謝を増し細胞の老化を防ぎます。」と宣伝され販売されていること(乙第6号証)が認められる。さらに、せっけんの商品と需要者を共通にすると認められる化粧品の商品としても、トルマリンを基礎として製造された化粧品として、「クリーミイジェル」、「ウォッシングパック」、「ミルキーローション」、「スキンローション」、「クレンジングフォーム」等の商品が「トルマリン基礎化粧品」、「トルマリン化粧品」と表示されて原告以外の業者により開発され、マイナスイオンを発生させるトルマリンを基材とし優れた効能があるものとして宣伝されていることが認められる(乙第5号証、弁論の全趣旨)。
(2) 上記(1)の事実と当事者間に争いのない本願商標の構成によれば、本願商標を指定商品である「トルマリンを配合してなるせっけん」に使用するときは、これに接する取引者、需要者に、その商品の原材料につきトルマリンが使用されているものであること(品質)を表示したものと認識させるにとどまるものであるとみるのが相当であり、出所の表示機能や自他商品の識別機能を果たすものではないというべきであるから、これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。
(3) 原告は、「TOURMALINE」「トルマリン」の語は「広辞苑」(甲第22号証)に掲載されておらず、一般に親しまれた語とはいえず、一般の需要者を基準とした場合には、トルマリンという石の一種がせっけん類の品質や原材料表示とみられることはない旨の主張をしている。
しかしながら、「TOURMALINE」「トルマリン」が一般的に広く親しまれている語であるとまではいえないにしても、これらの語を掲げ、それが宝石の一種あるいは電気石であると説明している各種の辞書があり、10月の誕生石として知る人も少なくないことが認められ(乙第1、第2号証、弁論の全趣旨)、また、上記(1)のとおり、現に、トルマリンを原材料に使用しその特質を利用したせっけんや化粧品を含む多岐に亘る商品が開発され、トルマリンの特質を利用した特別な効能のあるものとして宣伝され、あるいは、販売されていることに照らすと、原告の上記の主張は採用することが困難であるといわざるを得ない。
なお、商標法3条1項3号の趣旨は、同号に列挙されている商標は、商品や役務の内容に関わるものであるために、現実に使用され、あるいは、将来一般的に使用されるものであることから、出所識別機能を有しないことが多く、また、これを特定人に独占させることは適切でないために登録することができないものとされていると解される。したがって、指定商品に係る原材料名が、仮に登録査定時には、現実に使用されておらず、あるいは、一般には知られていない場合であっても、将来原材料名として使用されて、取引者、需要者の間において商品の原材料名であると認識される可能性があり、また、これを特定人に独占させることは適切ではないと判断されるときには、右の原材料名は同号に該当すると解されるのであり、この点からも、原告の上記の主張は採用することができない。
2 取消事由2について
(1) 甲第8ないし第21号証、第23、第24号証によると、原告は平成7年3月に「トルマリンソープ」又は「TOURMALINE SOAP」と表示したせっけんの商品の販売を始め、その宣伝広告をテレビや雑誌等により行い、一定の販売実績も挙げてきていることが認められる。
(2) しかしながら、他方、本件証拠によると、原告は、上記の宣伝において、そのせっけんの商品が、マイナスイオン及び遠赤外線の発生という効果を備えるトルマリンの特性を利用して、水にトルマリンを加えてミネラルイオン水としてこれを練り上げて製造したものであることを明示しており(甲第11号証の10、第13号証の2ないし4、第14号証の1ないし6)、広告においても、「トルマリンソープ」の文字は、「お肌、しっとり微笑む」、「大切なお肌だから、」、「お肌にやさしい石鹸、」の文字と併記して使用され(甲第11号証の1ないし9、第12号証の1ないし4、第13号証の1、2)、また、「トルマリン」の持つ特色、効能を具体的に記述した文章とともに使用されていること(甲第11号証の10、第13号証の2ないし4、第14の1ないし6)が認められる。また、「トルマリン石鹸」と表示されて広告された例も認められる(甲第15号証)。
(3) 上記(2)の事実と前記1の(1)に判示の事実によれば、原告によるこれらの宣伝、広告における表現に接する取引者、需要者の多くは、「TOURMALINE SOAP」「トルマリンソープ」の文字は、商品の出所を表示する商標としてではなく、むしろ「TOURMALINE」「トルマリン」の部分が商品の原材料や品質を表示したものであり、全体として、原材料にトルマリンが使用されその特質から生じる効能を有するせっけんを表示しているものと認識するであろうことを容易に推認することができるのであって、上記2の(1)の事実をもってしても、商標法3条2項に該当する事実、すなわち、本願商標が使用の結果、取引者、需要者に原告の商標として広く認識されるに至っているとの識別力を認定することは困難であるといわざるを得ず、これと同旨の審決の判断に誤りはない。
(4) なお、甲第21号証、第23号証の1によれば、原告の顧客である販売店から原告に対する商品の発注書や支払通知書に、「トルマリンソープ」や「TMソープ」と表記されていることが認められ、また、原告の顧客である販売店の9名及び一般人の2名が、原告が平成7年3月13日から本願商標を商品せっけんに使用してきており、平成8年10月には本願商標を付した商品せっけんは、取引者及び需要者間において、直ちに原告の製品であることを認識し得るほどに周知、著名になり現在に至っている旨の証明書(甲第17、第18号証)を作成していることが認められる。
しかし、一般に、商品の発注書等における商品の表示は、発注の当事者間において、発注に係る商品を、他の取扱商品と区別し特定するためにされるものであり、商品の出所を表示するために使用されている商標の他に、商品の普通名称、種類、品質等が表示されることもあることは公知の事実であり、また、弁論の全趣旨によると、上記の証明書は、いずれも原告が印刷した画一的な証明内容について、原告の顧客である販売店や一般人が単に署名捺印したものであると認められるのであって、上記の販売店等において、その意味内容を正確に理解した上で作成したものであるのかについて疑問が残るといわざるを得ないし、上記の販売店等は、発注や購入の際に使用される普通名称や品質としての表示内容を念頭において作成したものであるという推測をする余地もあり、これらの事実によっては、上記(3)の判断を左右することはできない。
3 結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見あたらない。
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)